20XX年2月某日、佐藤家の場合 第一話:首都圏で大地震発生

大地震に遭遇したとき「何に困ったのか」「何が必要なのか」をリアルにイメージして欲しい。
そんな思いから、いくつかの被災経験談を再構成してみました。
ここに描かれたことはフィクションですが、実際に起こり得ることばかりです。

《都内某区・佐藤宅》
その日は、前日までのポカポカ陽気とはうって変わり、朝の冷え込みが骨身に染みた。
築40年の分譲マンションは、隙間風こそ無いものの遮熱性能が低いせいか、底冷えする。
窓の外は、どんよりとした曇り空。
「お天気は明日にかけて下り坂、平野部でも雪になる可能性がありますのでご注意ください」
テレビの天気予報が伝えた。

(寒いから、今晩は久々におでんにしようかしら。牛スジ肉、買ってこないと…)
真弥子は、そんなことを思いつつ、夫と子どもたちを慌ただしく送り出し食器洗いを済ませ、週三日のパートに出掛ける支度をしていた。
「それでは義母さん、行ってきますので、宅配の荷物がきたらよろしくお願いしますね」
義母の部屋のドアを開けて声を掛けるも、テレビの音量が大きく、聞こえてない様子だ。
「お義母さん!」
「あっ、はいはい、聞こえてますよ、行ってらっしゃい」

マフラーを手に取り、出掛けようとした矢先、食器棚のガラス戸がカタカタと音を立てた。
「あら?地震かしら…」
次の瞬間、ドーン!と下から突き上げるような大きな揺れ。
真弥子は足元をすくわれ、よろけた。
「緊急地震速報です。大きな揺れにご注意ください」
スマートフォンがけたたましい警報音を発した….。
慌てて、ダイニングテーブルの下に潜り込んだ。
ドタンッ!ガチャーン!! ゴ〜〜〜〜
地鳴りとともに、何かが落ちてくる音が響き渡った。

揺れは1分以上続き、ひとまず収まった。
真弥子は何とかテーブルの下から這い出し義母の部屋のドアまで辿り着いた。
ドンドンドン!「お義母さ~ん!」
ドアを開けようとしたが、何かが引っかかって開けられない。
ドアの近くにあった洋服タンスが倒れているようだ。
「真弥子さん、足が….」
「足が、どうされました?」
しかし、ドアは真弥子の力ではどうにもならない。
「お義母さん、待っててくださいね…」
そう言うしかなかった。

落ち着きを取り戻した真弥子はテレビのスイッチを入れた。
しかし、テレビはうんともすんとも言わない。停電だ。
夫(一郎)に電話してみた。この時間だとまだ電車(地下鉄)の中のはずだ。
「ピーッ、ピーッ、ピーッ…」
何度電話し直しても、通話中の信号音が鳴るだけだった。
高校にいるはずの長女茉里奈、前日から友人と国内旅行に出掛けている長男俊彦にも電話してみたが、いずれも同じだ。
「家族は皆、無事だろうか」
真弥子の脳裏に大きな不安がよぎった。

心臓がバクバク音を立てた。
落・ち・着・い・て… 真弥子は自分に言い聞かせた。
(そうだ、こんなときのためにラジオがあったはずだ)
倒れた家具を乗り越え、なんとかラジオを探し出した。
「震源は東京湾、地震の規模はマグニチュード8.3と先ほど気象庁から発表がありました。東京23区は震度6強……」
(ついに、恐れていたものがきたか…)
その時、スマホが鳴った。メールを受信したようだ。
夫からだった。
「無事だ。電車内に閉じ込められている。そちらは大丈夫か?」
音声通話は無理だが、メールは使えるようだ。
(良かった… でも、地下鉄の車内は安全なのかしら)

長女ともメール連絡が取れた。
いつもはLINEでやり取りしているが、LINEはなぜかつながらない。
長男には、メールしてみたものの返事がない。今どこにいるかも分からず、心配だ。
長女は学校にいて、とりあえず無事なのでしばらく学校に留まると。
電車は動いてないだろうから、長女の高校からここまで徒歩で帰宅するとなると、2時間近くは掛かるだろう。
無理に帰ろうとしないで、と伝えた。

「そうだ、義母さんはどうしているだろう?」
「義母さん!大丈夫ですか?」
力づくでドアを押すと、なんとか5センチくらい開いた。
「大丈夫だけど、落ちてきたテレビで足を怪我しちゃって…」
「コタツの電気が止まってしまい、寒いんですよ」
「トイレに行きたいんだけどね、どうにかならないかねぇ」
矢継ぎ早に言われるも、真弥子にはどうすることもできない。
「ごめんなさい、私の力ではどうにもならなくて」
真弥子は自分も尿意をガマンしていたことを思い出し、トイレに行った。
しかし、水が出ないではないか。
このマンションはポンプで上階まで水を汲み上げているので、停電すると水が使えないのだった。

幸い、こんな日のために非常持ち出し袋を買っておいたことを思い出した。
災害時用トイレと携帯トイレを袋から出してみたが、気が動転していることもあり、使い方がよくわからない。
こういうことになるまえに、一度テストしてみれば良かったと後悔したが、
なんとか、それで用を足すことができた。そして…
「お義母さん、これを使ってください」
ドアの隙間から、携帯トイレセットを投げ入れた。
(水も電気も使えない。非常時用トイレは10セットしかない。いったいどうしたらいいの?)
真弥子は途方に暮れた。〈つづく〉

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